全体の感想
筆者はNECグループの人材育成を統括するAI人材育成センターのセンター長として、また、数理・データサイエンス教育強化個展コンソーシアムモデルカリキュラム(長い…)の全国展開に関する特別委員会の委員や、データサイエンティスト協会のスキル定義委員としてスキルチェックリストの作成などに関わってこられた方です。
企業内の人材育成については、AI人材をAI研究者、AIプロジェクトマネージャー、AIプランナー、AIエンジニア、システムエンジニア、AIユーザーの6種類に分けて、AI研究者以外の5種類のタイプについて育成方法が書かれています。とはいえこれはタイプ名を聞いて想像するような一般的なこと以上のことは書かれていないかな、と感じました。育成手順としては、座学だけでなく、分析コンテストやアイデアソンなど模擬演習を重視するのがよい、とのことで、これもまあそうだよね、という感じです。
本書は、企業内での日本でどのようにしてAI人材を育てていくかということが書かれていますが、政府や団体がどのようにAI人材を育てていくか、どのような人材を求めていくかということが書かれている第1章がおもしろかったので、その点に着目して調べてまとめ、自分がどんなタイプのデータサイエンティストになりたいのか考えてみました。
内閣府の「AI戦略2019」「AI戦略2022」
本書では「AI戦略2019」に言及がありますが、内閣府のホームページを見ると「AI戦略2022」が出ています。https://www8.cao.go.jp/cstp/ai/aistrategy2022_honbun.pdf
2016年にAlphaGoが韓国のトップ棋士に圧勝してから、「AIってすごい」「AIでなにかできないか」という話をよく聞くようになった気がします。政府のIT戦略としても、発展するAI技術を取り込んでいかなくてはいけないという危機感があるのでしょうね。
- 「人間尊重」、「多様性」 、「持続可能」の3つの理念を掲げ、Society 5.0を実現し、SDGsに貢献
- 3つの理念を実装する、4つの戦略目標(人材、産業競争力、技術体系、国際)を設定
- 目標の達成に向けて、「未来への基盤作り」、「産業・社会の基盤作り」、「倫理」に関する取組を特定
Society 5.0とは
ここで出てくる「Society 5.0」とはなにかというと、
サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する、人間中心の社会(Society)
狩猟社会(Society 1.0)、農耕社会(Society 2.0)、工業社会(Society 3.0)、情報社会(Society 4.0)に続く、新たな社会を指すもので、**第5期科学技術基本計画**において我が国が目指すべき未来社会の姿として初めて提唱されました。
狩猟社会(Society 1.0)、農耕社会(Society 2.0)、工業社会(Society 3.0)、情報社会(Society 4.0)に続く、新たな社会を指すもので、第5期科学技術基本計画において我が国が目指すべき未来社会の姿として初めて提唱されました。
https://www8.cao.go.jp/cstp/society5_0/index.html
うーんあんまりよくわかりませんね…
引用元のページにはもう少し詳しく書いてあって、要約すると、
フィジカル空間にセンサを張り巡らせて、得られたデータをサイバー空間のAIで解析し、結果をフィジカル空間にある人間やロボットにフィードバックすることで、様々な知識や情報が共有されて、問題解決が進む…。まあ要するにIoTとAIという流行り物を使って産業革命を起こしたいということのようですね。
人間中心のAI社会原則とは
技術を重視していますが、あくまでも「人間中心」であるということが強調されています。これは2019年3月に発表された「人間中心のAI社会原則」に則っています。人間中心のAI社会原則の基本理念は、
- 人間の尊厳が尊重される社会
- 人間の行動をコントロールすることにAIが利用される社会ではなく、人間がAIを道具として使いこなす社会
- 多様な背景を持つ人々が多様な幸せを追求できる社会
- この理想を実現するのにAIが役にたつ
- 持続性ある社会
- 地球規模の環境問題や気候変動にAIで対応
ということで、「人間の行動をコントロールすることにAIが利用される社会ではなく、人間がAIを道具として使いこなす社会」というところがポイントかなと思います。
https://www8.cao.go.jp/cstp/tyousakai/humanai/ai_gensoku.pdf
教育改革
デジタル社会の基礎知識(いわゆる「読み・書き・そろばん」的な素養)である「数理・データサイエンス・AI」に関する知識・技能、新たな社会の在り方や製品・サービスをデザインするために必要な基礎力など、持続可能な社会の作り手として必要な力を全ての国民が育み、社会のあらゆる分野で人材が活躍することを目指し、2025年の実現を念頭に今後の教育に以下の目標を設定:
全ての高等学校卒業生が「数理・データサイエンス・AI」に関する基礎的なリテラシーを習得。また、新たな社会の在り方や製品・サービスのデザイン等に向けた問題発見・解決学習の体験等を通じた創造性の涵養
データサイエンス・AIを理解し、各専門分野で応用できる人材を育成(約25万人/年)
データサイエンス・AIを駆使してイノベーションを創出し、世界で活躍できるレベルの人材の発掘・育成(約2,000人/年、そのうちトップクラス約100人/年)
数理・データサイエンス・AIを育むリカレント教育を多くの社会人(約100万人/年)に実施(女性の社会参加を促進するリカレント教育を含む)
留学生がデータサイエンス・AIなどを学ぶ機会を促進
小学校では2020年度からプログラミング教育が必須化、高校では2022年度から情報Iが必修科目になっています。
数理・データサイエンス教育強化拠点コンソーシアムは2020年4月に「数理・データサイエンス・AI(リテラシーレベル)モデルカリキュラム」を公開しています。
http://www.mi.u-tokyo.ac.jp/consortium/pdf/model_literacy.pdf
著者はこのカリキュラムの策定に携わっています。全国の大学・高専では、このモデルカリキュラムを参考にリテラシー教育が展開されています。
わたしは大学のときにデータサイエンスとは無縁のカリキュラムだったので、いまの大学生がうらやましいです!
一応大学一年の時にプログラミングの授業(理系は必修)があったのですが、全然わからないし、おもしろいとも思えなかったんですよね。あのときおもしろさに気づいていれば、いまごろそれなりにできたはずなので、もうちょっとちゃんと勉強すればよかったな…計算化学の道に進むこともできたのですが。
AI人材の需要
次は経済産業省「IT人材需要に対する調査」をみてみましょう。https://www.meti.go.jp/policy/it_policy/jinzai/houkokusyo.pdf
ここではAI人材の需要予測をするにあたり、AI人材を4タイプに分類しています。
- AI研究者
- AI開発者
- AI事業企画
- AI利用者
本書ではここに
- AIプロジェクトマネージャー
- システムエンジニア
を追加しています。
みずほ総研によると、2030年時点でのIT人材の需要と供給の差は、生産性の上昇率が0.7%の場合、需要が供給を16~79万人上回ると試算されています。だいぶ幅の広い試算ではありますが、需要>供給なんですね。
大学からの供給もありますが、少子化もあり限定的で、IT企業にいる従来型のIT人材からAI人材へのスキル転換を図ることが必要です。AI研究者は博士号をもつなど、専門性の高い人材であるため、スキル転換で育成することは難しいですが、AIエンジニアやAIプランナー(とAIプロジェクトマネージャー、システムエンジニア)を育成していくことは可能です。
企業における人材育成
こうした政府の提言や取り組みを受けて、新卒採用や中途採用で、AI人材を獲得するための取り組みを進めている企業が増えていますが、人材の取り合いになっているため、既存社員の再教育に力を入れることが求められています。
本書では、
- 採用でのミスマッチを防ぐために、面接する側にもAIに関する基礎知識が必要
- AI人材の育成のためには、ある程度のまとまった時間が必要なため、組織的バックアップが必要
ということで、AI人材の育成を計画的に進める必要があると述べています。
「ある程度のまとまった時間」として、筆者は「未経験者から初級者まで3~6ヶ月、中級者には1~2年、上級者として育成するには3~5年程度の期間が必要」と述べており、それだけ長期間にわたって育成するならば本人の努力だけではなくて会社としてバックアップする必要がありますよね。
学び直し
学び直しを支援するために、政府が教育訓練プログラムを選定しています。
- 経済産業省の「第四次産業革命スキル習得講座(通称Reスキル講座)認定制度」
- 厚生労働省の「教育訓練プログラム」
平日の昼に開講されているものも多く、拘束時間が長いので、もし受講するとしたら会社の理解が必要そうです。というよりは、会社がAI人材育成のためにこういった講座を利用するということが想定されていそうです。
企業におけるAI活用戦略
2019年に経団連が「AI活用戦略」「AI-Ready化ガイドライン」を発表しています。
まずAI-Ready(準備ができている)になり、そのあとAI-Poweredな企業に展開していくことが求められています。
学び直しもそうですが、企業でAIを推進していくにあたってはAIへの投資が必要で、経営層の理解が必要不可欠だなあというのを感じます。
AIに投資をしている企業はどれくらいあるのでしょうか?
2018年のデータで古いですが、令和元年版情報通信白書によると、
財務省(2018)を基に、わが国のIoT、AI等の活用状況を概観すると、全体ではIoTが23.1%、AIが10.9%であり、IoT、AIを利用する側の企業に限ればそれぞれ20.6%、9.4%にとどまっている(図表1-2-2-11)。AIとIoT共に、大企業と中堅・中小企業では大企業が上回っており、製造業と非製造業では製造業が上回っている。
また、先端技術の活用目的を見ると、利用側では、業務効率の向上やコストの削減を挙げる割合が高い(図表1-2-2-12)。ICTによる生産性向上にはICT利用産業での付加価値創出がカギであったという1990年代から2000年代にかけての米国での教訓を踏まえると、IoT、AIについても利用側で付加価値創出に資する利用を促進していくことが重要となると考えられる。
https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/r01/html/nd112220.html
その後2019年に政府のAI戦略が発表されて、状況は変わったのでしょうか?
2023年5月に発表された調査がありました。
ソニービズネットワークス株式会社(本社:東京都渋谷区)は、全国の会社員や経営者・役員1,000名を対象に、「AI導入状況調査」を実施しました。
●ビジネスパーソンの「Chat GPT」認知度は約8割!業務への導入も進む。
●導入済み企業で働く約7割の人がAI導入に積極的。実際にAIを活用する中で「業務効率化」や「未解決課題の解決」といったメリットを実感。
●AI未導入企業は、「AIをリードできる人材がいない」「知見のある人材がいない」
という「人材不足」の観点から導入に踏み出せていない企業が多数。
●AI導入にかけている金額に、中小企業(300人未満規模)と大企業(300人以上規模)で格差あり。
2022年と比較すると差は縮小したものの、引き続き「AI格差」が見られる。
https://sonybn.co.jp/news/2023/0525/
AI人材が不足しているため、企業のAI導入が遅れている様子が伺えます。
AI人材に求められるスキル
これまでみてきた通り、AI人材すごく求められてる〜!
とはいえ、誰でもいいというわけではなく、戦力が求められているわけです。
先ほどのソニービズネットワークの調査でも、「AIの導入をリードできる人材」が求められていましたね。
求められるエンジニアになるにはどうしたらいいのでしょうか?どんなスキルを身につけたらいいの?
結局のところ実務経験を積み重ねていくしかないのだと思いますが、進むべき方向の指針として、データサイエンティスト協会が出している「データサイエンティスト スキルチェックリスト」と、IPAの「ITSS+/データサイエンス領域タスクリスト」があります。
一般社団法人データサイエンティスト協会「データサイエンティスト スキルチェックリスト」
IPAの「ITSS+/データサイエンス領域タスクリスト」https://www.ipa.go.jp/jinzai/skill-standard/plus-it-ui/itssplus/data_science.html
データサイエンティスト スキルチェックリストでは、スキルを「ビジネス力(123項目)」「データサイエンス力(180項目)」「データエンジニアリング力(119項目)」の3つに分類し、身につけておくべきスキルについて定義しています。
スキルカテゴリ一覧を見ただけでも、求められるスキルの幅が広いことがわかりますね。
具体的なスキルについては、リンクやデータサイエンティスト検定公式リファレンス(リテラシーレベル)を見てください。
データサイエンティストと一口に言っても、どのスキルに特化しているかでタイプが分かれますよね。本書ではAI人材の6分類(AI研究者、AIプロジェクトマネージャー、AIプランナー、AIエンジニア、システムエンジニア、AIユーザー)がありますが、これは役割による分類の仕方で、スキルによる分類ではないかなと思います。
データサイエンティストのスキルによるタイプ分類について、明確な定義はないようですが、「一般社団法人日本データサイエンス研究所」のタイプ分類の仕方が面白かったのでご紹介します。
日本データサイエンス研究所では、ビジネス、サイエンス、テクノロジー(システム)の領域に分割し、それらの中間のどこに位置しているかでタイプ分類をしています。
(A) biz-sci (B) biz-sys (C) sci-biz (D) sci-sys (E) sys-biz (F) sys-sci (G) almighty(データサイエンス事業全体の統括、教え手など)
詳細については上記リンクをご覧ください。
データサイエンティスト スキルチェックリストで定義している「ビジネス力」がbizに、「データサイエンス力」がsciに、「データエンジニアリング力」がsysに対応していると考えていいと思います。
自分の目指すタイプに合わせて、どのスキルを重点的に伸ばしていくか考えるとよさそうですね。
わたし個人としては、システム開発の現場で分析部分を担当する仕事が楽しいかなと感じているので、sci-sysタイプかなあ。データ分析もですが、プログラミング自体が好きなんです。データサイエンスに関係するものづくりができたらいいなあと思っています。
おわりに
『AI人材の育て方』を読んで、政府や団体の方針を調べ、自分のこれからについて考えてみました。なかなか、全方位なんでもできるエンジニアになるのは難しいので、どういうふうになりたいか、何を重視するかというのは意識しながらスキルアップするのがよさそうな気がします。自分の方向性について考えるきっかけを与えてくれるよい本でした。
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